※注…このSSは設定を読んだものとして話を進めます。
   ですので、設定を読んでない人は、ぜひ設定を読んでからこのSSを呼んでください。



 一陣の風が吹いた。
 風は、もう春に向けて葉を茂らせてる木々を揺らす。
 そんな春目の前の景色と天気の中、俺ともう一人女性が立っていた。
 彼女の腰まであろうかという髪も、その風に揺られて広がった。
 俺はその女性――というには雰囲気が少し幼いので少女にも感じられるが――と静かに向き合っていた。
 ふぅ、と一息無意識に吐く。緊張している証拠だ。
 これから彼女、水瀬名雪に告白するのだから緊張するのも当然だろう。
『水瀬、俺さ……』
 俺は意を決して思いの丈を吐いた。気取った台詞などで装飾していない言葉だったが、俺の気持ちは伝わったはずだ。
『…………』
 沈黙――が周りを支配する。水瀬も俺もただ立ったまま口を開かない。
『ごめん……』
 どれぐらい経ったのだろうか。時間の感覚が麻痺しそうな沈黙の後、彼女から出された言葉は、
『わたしね……』
 意図的に逸らした目線が語るのと同じ……












君と一緒に……

Vol.1〜spring〜















「ん……」
 目が覚める。開けた目に、窓から入ってくる朝日が目に染みる。
「朝……か」
 安いベッドの硬さが蒲団越しに背中へ伝わる。
 目覚めは最悪だ。なんせ今のさっきまで見た夢がアレだもんなぁ。
 俺は最低なテンションと共に、寝ていた体を持ち上げた。
 ……重い。
 俺がテンションの低さに比例するような体の重さを感じている時、ふと後ろから声がかかった。
「じゅ・ん・く・ん」
 その声に反応して後ろを振り返ると、俺の寝てる部屋と台所の間のドアに見知った男が立っていた。……エプロン姿で。
「おっはーー」
 いいかげん時代遅れな朝の挨拶をするこいつは相沢祐一。俺の大学の友人で、同じ学科で、同期の奴だ。結構仲がいい。
 髪はこれも時代遅れかもしれないが、ロン毛で、肩までとは行かずとも耳はすっぽりと髪に覆われている。
 しかし、俺と相沢はタダの友人というわけではない。
 普通の友人なら俺の部屋にいないし。
 じゃあなぜ彼は俺の部屋にいるかというと……
「さぁ! 顔洗って飯にしよう」
 相沢は軽快なステップを決め、変なポーズを取りながら俺に朝飯を食えと言ってきた。
「相沢……」
「今日は君の好きな和風のご飯だ」
 いい加減俺を無視して話を進めていく相沢に、俺のテンションが上がって行く。別名怒りのボルテージ。
 俺は呆れた顔をして溜息をつくと、それこそ呆れた表情をして相沢を見上げた。まだ俺は布団に座ったままだ。
「あのな、相沢……」
「ちなみにワカメと豆腐の味噌汁があるぞ」
 にこやかに目を輝かせて言う相沢の表情を見て、いきなりボルテージマックス。
「何度言ったら分かるんだよ!! お前ん家はと・な・り!!」
 そう。俺と相沢が友人になった最大の理由……単純だ。たまたま、一人暮らししているアパートの部屋が隣りなだけ。
 ちなみに俺が204号室。あいつが205号室だ。
 叫ぶのと同時に俺は掛け布団をふっとばし、肩を怒らせていた。
「そんなに怒んなよ。早くしないと大学遅れるだろ。感謝して欲しいぜ、全く」
 俺は怒らせていた肩を下げると、後ろを向きながら後頭部を掻いた。
「俺は今日午後からなの」
「あれ? マジ!?」
 ここでもう一度溜息をつく。なんか今日は溜息吐くのが多いな。
「だいたいな……お前の方が単位ヤバイだろ。出席とか……いつも大学サボりやがって」
 しかも共通の講義の時は代返まで頼まれたりする。あれは正直面倒だ。
「水瀬だって心配して……」
 そこで途切れてしまう。今日の夢を思い出してしまった。彼女のあのときの声が、まだ耳に残っている。
「…………」
 相沢は少し思考した後、おもむろにエプロンを脱ぎ始めた。
「ん、分かった。今日はちゃんと行くよ」
 相沢はエプロンを脱ぎ終え、台所の壁にある引っ掛かりにエプロンを掛けると、あっさりと出て行った。
「じゃーなー」
 という言葉のみを残して行ったが。



「はーーぁ」
 相沢が部屋を出て行ったあと、ベッドに腰をおろして何回目かも分からない溜息を吐いた。
 面倒なので台所で顔を洗う。春でもまだ冷たい水が、俺の頭を冷やしてくれる。
 いつもそうだ。俺は何故か相沢に頭が上がらない。
「マジで作ってるよ……」
 台所のコンロの上にある鍋が、嫌がおうにも項垂れてしまう
 いつもあいつのペースに乗せられてしまう……それがいいところでもあるんだろうが……
 俺は顔を挙げると部屋にある窓を見た。外にはいい天気が広がっている。春まっさかり、という感じだ。
 おまけに…

『ごめん、わたしね……』
『相沢君……祐一とね、付き合ってるんだ』

 大バカだ。

 水瀬と相沢が付き合っているという事は、すぐに相沢本人から聞かされた。
 おそらく付き合って間も無い頃だったんだと思う。
 もちろん最初はイラついたけど、端から見て結構お似合いだったのもあって、笑ってみておく事にしておいた。
 だけど……
 あいつが作った味噌汁を啜りながら、ふと思う。
 どうしてあいつは俺の前で笑っていられるんだろう。

 ピンポーン

 チャイムが鳴った。しかし俺の部屋のチャイムではない。
「となりか……」
 俺は相沢の不在を教えるため、朝を一旦止め、玄関へと向かって行った。
 あいつのお客さんは、どうやら相沢が不在なのを知らないのか、何度もチャイムを鳴らしている。
 俺はつっかけを履くと、玄関のドアを開けた。
 ガチャッ
「あの――、今205号室の人はいま……」
 せんけど、と繋がるのが止まったのはあいつの来訪者を見たからだ。
 身長は160前後だろうか、髪はボブカットで、上が長袖の白いブラウス、下はスリムなGパンを履いている。いかにも春って感じがする。
 女の子だ。しかも可愛い。
「あ……そうですか……」
 その娘は可愛らしくお辞儀をしてくれた。しかし俺はそんな事を認識し切れてない。
 頭に浮かぶ単語といえば、浮気、愛人。あと、なんであいつばっかりという理不尽な思いだった。
「あ、あの――」
 目の前の仮愛人は俺に声を掛けてきた。
「あー、あの、あいつは今、大学に行っておりまして……よろしければ、連絡入れときますが!!」
 わたわたと喋り立てる。これじゃあ焦ってるの丸だしじゃないか。かっこ悪ぃ。
「じゃあ……よろしくお願いします」
 仮愛人もちょっと引いている。ホントかっこ悪ぃ。
「…………」
 自分がかっこ悪いと考えていると、なんとなく落ち着いてきた。そこで俺は知りたい事があるのが分かった。
「あ、えーと」
 なんて言えばいいのだろう。さっきは一編に喋れたのに。ひとたび落ち着くとこれだ。
「あの……」
「あ、はい」
 どうやら俺が言う前に分かってくれたようだ。名前が知りたかった。じゃなきゃあ連絡もとれないし。
「わたし、相沢栞と言います。相沢祐一の『妹』です」
 そういってぺこっとお辞儀をした。
 あ、なるほどね。
 
 
 その日の夜。俺の部屋で。

 もぐもぐ……
「で、なんでここにいんの?」
 相沢は飯をほおばりながら、机の向かいにいる相手に問い掛ける。
「だから言ったよ。こないだ」
 その向かいに座って飯を食べているのは、今日の朝会った栞ちゃんだった。
 ちなみに、相沢と呼ぶとどっちか分からないので、名前で呼んでいいと言ったのは栞ちゃんだった。
 てか、ここ俺の部屋なんですが……
「こないだ? 何か言ったっけ?」
「もう。すーぐ忘れるんだから」
 そう言うと、栞ちゃんは手を少し挙げて、人差し指を立てる
「こっちの予備校通うから、1年間だけお兄ちゃんとこっちに住ませて、って電話で何度も言ったよ」

 ちなみにこないだとは、酒を飲みながら対応した時である。その時の対応とは、
「あーはいはい、分かった分かった」
 これ以上語る必要はないだろう。

「ふーん。そっか……お前浪人生かぁ……」
 気のせいだろう、浪人生という単語が強調された気がするのは。
 その言葉に栞ちゃんがカチンとくる。
「そーだよ! 悪かったね!! いーじゃん、どーせあの部屋使ってないんでしょ!」
 その言葉に相沢はうっ、と詰まる。図星の時の反応だ。まぁ晩飯を食うのに俺の部屋を使う位だし。
「ま、まぁ別にいいけどさ」
 頬にちょっと汗を垂らしながら、相沢は妹に了承を与えた。
 待てよ、ということは……

「悪ぃ、キタッチ。しばらく泊めて」
 相沢は、後ろに大きく膨らんだ風呂敷を抱えて、俺の玄関に立っていた。キタッチとは俺の事か……
「…………」
 やっぱり。そりゃまぁ確かに今まで一緒に住んでた様なもんだが。
「お前なぁ……」
「スマン……」
 文句の一つでも言おうとしたら、いきなり真面目な声と表情をされ、途中まで出ていた言葉を飲み込んだ。
「俺がいると、多分あいつに迷惑かかると思う……受験生だし余計な心配掛けたくないんだ……」
「スマン……」
 そんな事言われたら、文句の一つも言えなくなってしまう。
 その代わりに、仕方ないなぁという溜息をついて、
「……兄キだねぇ」
「ホント……悪ぃ」
 一緒に住む事を了承した。

 205号室の中で、玄関のドアにもたれながら、廊下のやり取りを聞いていた少女は、
「ごめん、お兄ちゃん」
 一人、静かに謝った。

「しっかし、お前にあんな妹がいたとはねぇ」
「……惚れた?」
「…………バカヤロウ」
「んだよ、その間は」



 それから三日後


「あ」
「お」
 溜まったごみを出そうと部屋を出たら、トートバックを抱えた栞ちゃんとばったり会った。
「おはよう。予備校?」
「あ、はい。朝早いので」
 今は8時。大学は比較的朝が遅いので、こんなに早く起きたのは久し振りだった。
 それでも高校はあの頃に起きてたんだよな……自分の事ながら信じれねぇ。
「いってらっしゃい」
「いってきまーす」
 俺は笑顔で手を振る。栞ちゃんかぁ……ホント、いい
「いい娘ですね」
 びくぅ
 俺はびっくりして後ろを振り返る。そこには、このアパート『みどり荘』の大家さんが立っていた。
「おはようございます」
「あ、おはようございます。大家さん」
 この大家さん。名前は沢渡秋子さん。おおらかでいい人なのだが、謎が多い。その若さも謎の一つだ。とても一児の母には見えない。
「しかし本当にいい娘ですね」
「そうっスね」
 大家さんは私の娘に真似は出来ませんねぇ、と感慨深げに頷く。
 まぁあの娘はおてんばだし。栞ちゃんみたいにはなれそうもない。
「おととい挨拶に来てくれたんですけど、礼儀正しい娘でしたし」
「お兄さんとは大きく違いますね」
「まったく」
「そりゃどーも」
 不貞腐れた表情で204号室を出てきたのは、今話題に上がっていた相沢だった。
「あ、そうそう……」
 大家さんが相沢を見て、何かを思い出したように話し出した。
 「「歓迎会?」」
「そうですよ。せっかく新しい住人が増えましたし、受験に対する激励も含めて歓迎会なんてどうでしょう」
「いいよ。俺は賛成」
「え――、だるくない?」
 賛成したのは俺で、だるがっているのは相沢だ。
「なんて薄情なお兄さんなんでしょうね……」
 大家さんが顎に手を添えながら、ぼそっと聞こえるように呟く。
「……分かった。やるか」
 相沢がしぶしぶ了承した。
「じゃあ、俺ごみ捨てて来ますんで」
 俺が足元に置きっぱなしのごみを持ち上げると、大家さんもそれでは、と階段に歩いていき降りていった。
「お、そーだ。なー北川」
 二度寝しようとしたのか、相沢が部屋に戻っていこうとして振り返ってきた。
「やるんなら名雪も呼んでいいか?」
「み……水瀬?」
「ん。そういや名雪、一回栞に会ってみたいって昨日言ってたし」
 水瀬……名雪。
「ど……どっちでもいいさ!」
 ちょっと語気を強めに言う。
「…………?」


 講義を受けながら思う。
 迂闊だった。
 ちらっと水瀬の方を見る。
 相沢が俺ん家に住むって事は、水瀬がウチに来る可能性があるって事だった……
 で、隣りにいる相沢を見る。……豪快に眠ってやがる。
 確かに俺がどうこう言える立場じゃない。
 ないけど……

 その日の夜。またも俺の部屋で。

「え?」
「「改めて、ようこそ!『みどり荘』へ!!」」
「北川さん……これ」
 まぁいきなり部屋に呼ばれて、入ったらこれってのは驚くだろう。『歓迎!相沢栞様』っていう手作りの垂れ幕もあるし。
「まあちょっとした歓迎会だよ。改めてよろしく!栞ちゃん」
 俺は、恥ずかしげに頭を掻きながら歓迎の言葉を言う。
 相沢はちょっと恥ずかしそうに、だからやだったんだよとか言ってる。
「ありがとう。お兄ちゃん、北川さん!」
 満面の笑みでお礼を言ってくれる。これだけで歓迎会を開いた甲斐があったってもんだ。
「とりあえず、座って」
 と、栞ちゃんを導いてあげようとした時、
 ピンポーン
 呼び鈴が鳴った。
「あ、俺が出るよ」
「お、悪ぃ」
 とうとう来たか……
「? 北川さん?」
「こんばんわー」
 水瀬がレジ袋を持って入ってきた。
「おせーよ、来るのが。もう歓迎の言葉言ったぞ」
「別にいいんだよ。飲み物も買ってきたんだし」
 そう言って手にもったレジ袋を少し持ち上げる。レジ袋に酒のなんとかという店の名前が写っている。
「あ、こんばんわ。北川君」
「あ……うん」
 どうも駄目だ。なんか対応もそっけない。
「あ、君が栞ちゃんだね!」
「は、はい。……お兄ちゃん、こちらの人は?」
「初めまして。水瀬名雪です。祐一の彼女なんだよ」
「え」
 一瞬栞ちゃんが固まる。
「お兄ちゃん彼女いたの!?」
 どうやら相沢から水瀬の事は聞いてなかったようだ。水瀬も呆れてる。
 相沢はそうだっけか、ととぼけてた。


 それなりに頑張って用意したご飯も、飲み物も大体なくなってきた。今はみんなで色々な話をしていた。
「でも……祐一の妹がこんなに可愛いって知らなかったよ」
「ははは……」
 栞ちゃん、ちょっと恥ずかしそう。
「似てないよね、祐一」
「ほっとけ」
「あははは……」
 ……こうやって見てると、なーんかいつもの二人だよなぁ。
 まぁそれが当たり前だけど。
 なんで俺の前で普通にしてられるんだよ。
 ……でも普通にしてもらった方がいいんだよな。俺は……でも何が気に入らないんだ?
 何を、イライラ、して……
「――、北川!」
 はっとする。どうやら考え事をしすぎたようだ。
「どうした?」
「ん、いや。何でもないさ」
「でも、あたしビックリしました」
 栞ちゃんが喋りだす。どうやら変な事考えていたのはばれてないようだ。
「名雪さん、こんなヒトのどこが気に入ったんですか?」
「えっと……」
 水瀬さん、ちょっと返答に困ってる。
 というよりも、兄貴をこんなヒトと言ってるのにちょっと引いちゃってるのかな。
 でもそれは正直、俺も気になってた事だったりするんで……
「そーいや、北川は」
 祐一が煙草を吸いながら俺に話を振ってくる。
「ん?」

「彼女、いねーの?」

 え!?
 なんだ?
「な……何言ってんだよ」
 なんでそんな事……
「なんで……」
「なんでそんな事言えるんだよ」
「え?」
 そうだよ、何でそんな事言えるんだよ。俺は……水瀬に……
「……」
 水瀬も俯いちゃってるじゃないか。
「オレ……酒買ってくる」
「お、おい、北川」
 俺はそう言うと相沢の声も聞かずに外に部屋を出て行った。いや、聞こえなかったんだ。考える事で精一杯で。
 バタン……


「……な、なんなんだよ、アイツ!!」
「祐一!!」
 不貞腐れている祐一に、名雪の強い戒めの声がかかる。
「名雪……?」
「あのね……」


 俺は走ってた。ただ、イライラしてて。そのイライラしている自分が嫌で。
 ――全部オレが勝手にイラついてるだけだったのに――


「マジかよ……」
 名雪から、北川の告白について聞かされた祐一は、さすがに意気消沈していた。
「いつだよ?それ」
「付き合い初めて、すぐ」
 答え辛そうな声が静かな部屋に響く。
「なんで、黙ってたんだよ!名雪!」
 祐一が身を上げながら、名雪に怒声をかける。
「お兄ちゃん!」
 すかさず、栞の静止の声がかかった。
「あたしね、いつも仲のいい二人を見てきたから……そんな祐一達見るの好きだったんだ」
 そして、ふっと息を吸い込む。
「だから、二人がバラバラになるのなんて見たくなかったの!」
 口からというよりも、心から出ると言う感じの声。
「本当は……今日だってどうしようか悩んだよ。けど……いつまでもこうしている訳にもいかないから……」
 そして今まで俯いてた顔を上げた。その顔には、確かな気持ちを持つ意思を感じ取れた。
「私の気持ちは変わらないから」
 再び静かになる。名雪は気持ちをすべて言ったのだろうか、雰囲気に乗ってちょっと顔を下げた。
「……ふぅ」
 栞ちゃんが溜息をついた。そしてスクッと立つと、
「あたし、北川さん見てくるよ」
 そう言って、玄関へと歩いていった。
「お兄ちゃんはココにいる事!」
 玄関で振り向きざまにそう言うと、ビシッと祐一を指差した。
「いってきまーす」
 ガチャン
「栞……」
 そうして、二人は沈黙が戻った場所に残った。
「ごめん」
 祐一はごそごそと煙草を取り出すと、火をつけて吸い始める。
「気にすんな」
 と名雪の頭に手を乗せながら。


 みどり荘から一番近い公園がある。なんともない普通の公園だ。


「いた……」
 その公園のベンチに、俺は座っていた。走った事による息切れはもう止まっている。
「北川さん!」
 俺は呼ばれた声に顔を上げた。
「あ、栞ちゃん」
「となり、いいですか?」
「ん、ああ」
 栞ちゃんが隣りにちょこんと座る。
 お互い沈黙する。俺はさっき上げた視線を再び下ろし、地面をただ見ていた。
「お兄ちゃん、知らなかったそうです」
 ふと栞ちゃんが話し出す。そうか……
「そっか、知らなかったんだ。あいつ」
「はい……」
 俺は下げてた視線を上げた。街灯に薄く照らされた公園が目に入る。……なんか寂しい。
「なんか情けないな、オレ」
「そうですね」
 う……即答。
「そんなに好きなんですか? 名雪さんの事」
 言われてみてちょっと考えてみる。今はどうなんだろうかと。
「今はそうでもないかな」
 結局、振られた事で俺はとっくの昔に諦めてたらしい。
 俺は膝に片方の肘を乗せ、その手で顔を支えながら自嘲気味に言った。
「ただ相沢にさ、もっとスマなそーな顔をしてもらいたかったんだ」
 と思う。ただ俺がそう思い続けてた。
「勝手なコト言ってんなぁ、オレ」
「……いーんじゃないんですか? お兄ちゃんだっていつも勝手じゃないですか」
「…………」
 思い当たる節は……たくさんある。
「……確かに」
「ね」
 そう言って栞ちゃんが明るく笑う。そういうふうに笑ってもらえると、なんか少し気が軽くなる。
「それに……」
「それに?」
 俺は今まで見ていなかった栞ちゃんの方を見た。
「今、お兄ちゃんそんな顔してますよ。多分」
 そういった彼女の、街灯にぽぉっと照らされた顔を見て、ちょっとドキッとしてしまった。

 で、二人で帰ると。
 ガチャ
 玄関には、まんま栞ちゃんの言った通りの相沢がいたもんだから、
「「ぷっ」」
 二人揃って大笑いしてしまった。
 その間中相沢はすまなそうな顔をしながら、頭に疑問符を浮かばせていた。


 あの歓迎会の日から三日後


「また作ってるよ……」
 コンロの上には相沢の作った味噌汁の鍋。
 なんだかなぁ……

 ピンポーン

 ガチャ
「はーい」
 と呼び鈴に対応して外に出たら、栞ちゃんが立っていた。
「栞ちゃん……」
「お兄ちゃんいます?」
「あ――、あいつさっき出かけていったよ」
「そうなんですか」
「あ……あのさ」
 ちょっと言い辛そうに頭を掻く。
「こないだごめんね。栞ちゃんの歓迎会だったのに」
「あ、いいんですよー」
 と、両手を振る。そんな時のちょっとした笑顔に心が和むのを感じた。
「あ!」
 なにか閃いたご様子。
「へ?」
「それじゃあお詫びと言っては何ですが、買い物に付き合ってくれます? 今日」
「はい?」
 買い物に付き合う?しかも今日?
「いえ、あの部屋って生活に必要な物が全く無いんですよ。困った事に」
 そういわれて205号室のドアを見る。元相沢の部屋。
「……確かに」
 何回か言った事あるので思い出すが、見事に何にも無い部屋だったな。
「だから買い物に行って、お兄ちゃんに荷物持ってもらおうと思ってたんですけど……」
 げ……そういう事か。
「ね。お願いします」
 そう言って、手を胸の前で組み、キラキラした目で見上げてくる。反則だぞ、それは。
「…………はぁ」
 自分から言った事だし仕方ないなぁとか思いつつも、
「わかったよ」
「わーいっ」
 それはそれでいいんじゃないかな、と思う俺がいる事に呆れて。
「それじゃ、行こうか!」
「はい!」
 風が吹く。どうやら今年の春の風は、新しい事を運び込んでくれたようだった。


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